本学会の理念
医薬品が社会に多大な貢献をもたらし、今日の人間社会に必要不可欠な存在であることは周知のことです。数々の新しい医薬品の登場により、多くの人々の命が救われ、多くの病気が改善されてきました。しかし、その一方で医薬品が数々の有害事象をもたらしてきたことも事実であります。薬物療法の安全性が叫ばれる今日では、医薬品の有害作用は医療者にとって避けては通れない重大な問題になっています。
臨床の場において、医薬品は「有益作用」と「有害作用」を持っていますが、薬理学的な「主作用」と「副作用」と意味が異なります。薬理学的な「主作用」は医薬品本来の目的に合った作用を意味し、「副作用」は本来の目的から逸脱した作用を指します。その場合、薬理学的な「副作用」は人体にとって善し悪しの概念はなく、「有害反応」に加えて「副現象」(例えば、ロートエキスによる口喝)を含有しています。また、医薬品の「有害作用」には、薬理学的な「主作用」(例えば、血糖降下剤による低血糖症)も入る場合があります。なお、「有害作用」は医薬品を主体にした場合に用い、「有害反応」は生体(患者)を主体にした場合に用います。さらに、「有害事象」は医薬品と無関係な事例も含有します。
その意味で、医薬品は「有益作用」と「有害作用」という「光」と「影」を併せ持っていると言えます。適正な薬物療法は、医薬品の有効性と安全性の確立が不可欠であり、医薬品の「光」と「影」の調整が重要になります。本学会は医薬品の「影」の部分に焦点を当て、如何にして「光」を輝かさせ、「影」を小さくするかを追求し、医薬品の安全性の向上を目指すものです。
医薬品の安全性に関する研究は、二つの「ソウヤク」、すなわち「創薬」と「操薬」の両面で行う必要があります。「創薬」では、安全性の高い医薬品の開発や医薬品有害作用の発現機構の解明など基礎的研究が主なテーマになると思いますが、臨床の場で製薬企業から医療者へ医薬品の適切な安全性情報を提供することも安全性確保にとって重要であると考えます。
一方、「操薬」では、医薬品有害反応に関する臨床的研究が中心となり、医薬品有害事象あるいは回避・軽減事象の解析(=臨床解析:有害症状・重篤度・因果関係・原因薬・発症機序・誘発要因・回避対策)、疫学研究による医薬品有害反応の現状と動態の解析、医薬品安全性情報の収集と提供方法(製薬企業→医療者→患者)の検討、医薬品安全性に向けた医療機関の取り組み方の検討など枚挙に遑がありません。本学会は、「操薬」における臨床的研究を中心に科学的かつ実践的に検討し、最も有効かつ安全な薬物療法を導き出し、医療機関に有用な指針を提案し、医薬品の安全性の向上に寄与することを目的とします。
現在の医薬品の副作用報告は、有害事象と医薬品の因果関係が否定できない事例を指しています。そのため、有害事象と被疑薬の因果関係が明確でない側面を持っており、被疑薬が複数の場合は一層両者の因果関係が曖昧になっています。医薬品有害反応の原因薬の検索では、米国食品医薬品局(FDA)のアルゴリズムにより被疑薬を推定できますが、原因薬の確定には被疑薬の再投与(チャレンジテスト)が必要になります。しかし,チャレンジテストは患者へのリスクが大き過ぎるため、実施されないのが現状であります。そこで、本学会では「副作用重篤度(グレード)基準」と同時に、「被疑薬剤と有害事象の関連度評価基準」を提唱して、有害事象と被疑薬との関連性を明確化することを目指しています。
医薬品有害作用の発症機序は、中毒性副作用、過剰反応性副作用、代謝障害性副作用およびアレルギー性副作用の4つに分類することが妥当であると考えます。中毒性副作用は薬物の過量投与による有害作用であり,ジキタリス中毒やアセトアミノフェンによる肝障害などに代表されます。過剰反応性副作用は新しい概念ですが,薬理作用の異常増強(薬物受容体の遺伝子変異)による有害作用であり、アスピリン過敏症(NSAIDs不耐症)やリドカインによるショックに代表されます。代謝障害性副作用は薬物の代謝異常(代謝酵素の遺伝子変異)による有害作用であり、イソニアジドによる肝障害やイリノテカンによる骨髄抑制などに代表されます。アレルギー性副作用は薬物が抗原(あるいはハプテン)として起こす有害作用であり、β-ラクタム系抗菌薬によるショックや抗けいれん薬による皮疹などに代表されます。医薬品有害反応の発症機序の解明は、医薬品の有害作用防止のために不可欠であります。本学会では、薬理学、薬物動態学、免疫学,分子生物学などの基礎学問を駆使して医薬品有害作用の発症機序を解明することを目指します。
医薬品有害反応の発症には、特定の薬物による特定の発症機序を誘発させるための何らかの誘発要因が存在します。その誘発要因は、乱用や過量投与であったり、肝障害や腎障害のような基礎疾患であったり、薬物間相互作用であったり、遺伝子変異のような遺伝的素因であったり、交差アレルギーや感染症であったりします。医薬品有害反応の発症機序が解明されたとしても、誘発要因が明らかにされない限り、回避対策を見出すことはできません。本学会では、個別の医薬品有害作用事例において誘発要因を見出して、医薬品有害作用の回避対策に結びつけていくことを目指します。
そして、医薬品有害反応の臨床解析の最終到達点は,個別の医薬品有害作用事例の回避対策の考案であります。如何なる医薬品有害反応事例を提示したとしても、その有害反応の回避対策を考案していないならば、医薬品安全性情報として不完全なものと言わざるを得ません。その意味で、医薬品有害反応の臨床解析は、医薬品安全性学の実践と言えると思います。したがって、医薬品安全性学の実践を通して医薬品の安全性の向上に寄与することを本学会の理念とします。