高齢者における不眠症の考え方と実態について
睡眠はレム睡眠と、ノンレム睡眠に分けられ、またノンレム睡眠にはN1からN3まであり、N3は深睡眠である。睡眠は特にレム睡眠が体の休養、深睡眠や脳の休養に重要な働きを持つ。この睡眠構築は加齢によって変化し、高齢になるにしたがって、寝床で過ごす睡眠時間そのものは増加するものの、深睡眠やレム睡眠は減少する傾向がある。この原因は様々であるが、加齢によるメラトニンなどのホルモンの変化、様々な身体疾患の影響、アルコールや他の薬の作用等により、睡眠に悪影響を及ぼす。その結果、本邦では高齢者になるほど睡眠薬の処方率が高い現状がある。
睡眠薬開発の歴史は、安全性や依存性の歴史でもある。ベンゾジアゼピン受容体作動薬(benzodiazepine:BZ)が長年使用されてきたが、バルビツール酸系、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系に移行するに従って、安全性や依存性は改善してきたが、大きな枠組みは変わっていなかった。近年では2010年にはメラトニン受容体作動薬、2014年にはオレキシン受容体拮抗薬(orexin receptor antagonists:ORAs)が本邦で発売され、睡眠薬の選択肢が様変わりした。特にオレキシン受容体拮抗薬に対するエビデンスが報告されるにしたがって、各種ガイドラインもそれに合わせて改訂されている。ORAsは、睡眠潜時の短縮効果、中途覚醒の減少効果など、BZに近い効果があるものの、転倒・せん妄リスクが減少し、身体依存性や離脱症状についても、近年大きな問題がみられていないとの報告もされており、今後不眠症治療の中心になっていくことが推測されている。
当院の不眠症患者の診療の実態について、2013年度と2021年度を比較して検討したところ、精神科や心療内科といった専門診療科の診療率は31.9%、33.6%であったが、65歳以上の高齢者の診療率は15.8%、18.5%と、非専門家の診療率がほとんどを占めている実態が確認できた。またBZの全体の使用率は、2013年度95%であったのが、2021年度には59%に劇的に減少していた。この2021年度について65歳以上の高齢者に限って専門科と非専門科で比較してみると専門診療科でORAsが積極的に使用しており、適正診療推進のためには、非専門診療科に働きかける必要性が確認できた。
これらを受けて、適正な不眠症診療推進のために当院では院内フォーミュラリーを策定し、ORAsを第一推奨とした。更に電子カルテの処方時にこのフォーミュラリーを表示できる機能を持たせ、クリニカルパス委員会からも変更を求めるなど積極的に是正に取り組んでいる。
本講演ではこれらの取り組みについて、詳細を講演する予定である。
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